SSブログ

暗闇の等々力渓谷 [おすすめ本]

等々力渓谷は、地上に夕日が落ちてくる頃には、すでに暗闇になっている。
この間、真っ暗になってほしいと願いつつ湧水を汲みに行ったら、
期待どおりに帰りは真っ暗闇になってしまった。

なぜそんなに長居をしたかというと、いつも通り過ぎてた木の横に立って、
木の気持ちになってみたから。え…?
誰もが触れたくなる場所にある一本の細い木が立っている。
通り過ぎていく人たちがいつも触っていくのを知ってる。
だから、この木はどんな人たちを見てきたんだろうと思って・・・。

等々力渓谷の湧水がある場所から赤いゴルフ橋まで、ゆっくり歩いても30分ほど。
最初の15分は足場もよく街灯もあるが、環八の下を過ぎたあたりからは、
足場も悪く、光もない。人の気配すらない。
等々力渓谷の道を知ってないと、真っ暗やみの谷沢川へまっさかさま・・・。
…と思って川を見れば、水面まで1.5m、水深10cmほど。落ちたら一人でツッこむしかない。

都会で、こんなに真っ暗な森のような場所はあるだろうかと思った。
近所の人たちはこの暗闇を知っているのか、誰も歩いていない。
よく目をこらさないと歩いていく道が見えないし、
今歩いてきた道を振り返っても、すでに道が見えない。
天を見上げると葉っぱの影の向こうに空が見える。星はない。
聞こえてくるのは、鳥の声、落ちる実と枯れ葉、水のせせらぎだけ。
静まり返った空気の中で、目が見えない分、全身で何かを感じ取ろうとしている。
たった数か月前なら、肝試しをしに行くのか?と自分を笑ったに違いないけれど、
今はすでに森を独り占めしている気分になり、心からワクワクしてしまった。

しばらく歩いてから、歌、どうしましょう?と尋ねて『星に願いを』歌ってみた。
(えぇ、日中でもマイケルを大声で歌ってる私です。)
歌い終わるとゴルフ橋の下。もう暗闇の等々力渓谷にサヨウナラ。
渓谷に向かって、バレリーナのお礼をして帰ってきました。

その時、背中のリュックには一冊の本が入っていた。星野道夫著作集4。
家に帰って、あっと言う間に読んでしまったその本に、こんなことが書いてあった。

     「私たちは二つの時間を持って生きている。
      カレンダーや時計の針に刻まれているあわただしい日常と、
      もう一つは漠然とした生命の時間である。 
      すべてのものに、平等に同じ時間が流れていること…
      その不思議さが、私たちにもう一つの時間を気づかせ、
      日々の暮らしにはるかな視点を与えてくれるような気がする。」

あわただしい時間とは、腕時計に縛られている日々の時間。
漠然とした生命の時間というのは、自然や宇宙が持つ時間のことだろう。

星野さんの本を読んでいくと、その意味がよくわかる。
彼の生きたアラスカの大自然には、
数百メートル先に野生オオカミがいて、五万頭のカリブーが目の前を移動し、
大空に突然現れては忽然と消えさるオーロラがあり、
海原を舞い上がり、爆音を立てて海の中に戻っていくザトウクジラがいる。

等々力渓谷は、都会にポツンと残る最後の渓谷。
この場所、この静寂、この時間は、私が想う以上にとても大切なものかもしれない。
彼は、自然は、何を語りかけているのだろう・・・。

彼には、写真家だけではない、何か超越したものがあったんだ。
彼と出会ったいきさつは、『ガイアシンフォニー第三番』。

次に続く・・・

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。