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3D『アバター』について ② [映画『アバター』]

(映画を観たら読んでね。ネタばれ以上!)

続き・・・『アバター』について②[ペン]


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映画でナヴィ族に対して、地球の「軍隊」が武力で欲しいものを奪い取るシーンに、
心が痛くて涙が出てきた。

ある者が、利益のために力づくで何かを奪い取り、
ある者は、守るものがあるから結集し対抗する。
しかし、いったん争いが始まれば、双方に血が流れ命は奪われ、傷だけが残る。
世界各地で過去も現在も絶えない、空爆、地上戦、指揮官、扇動されて戦う者たち・・・。

この映画は反米映画だという声もあるようだけど、
多くの者が「経済発展」や「開発」と称して、どこか・だれかを脅かしているのは日常のこと。
各地の生活には、ジョーゼフ・キャンベルの述べたような「モナド」、
すなわち、その土地の慣習や独自の歴史、考え方に沿った信仰がある。
     cf. 『宇宙意識』ジョーゼフ・キャンベル著 神話の根底にあるものとは
     http://awalatina.blog.so-net.ne.jp/2009-11-14
それは、ある権力者たちの欲のために、消えていくことが歴史上多い。
善し悪しなしで、在ったものが消えたという事実はある。

土足でどこかに踏み入っているのはだれ?
同じことを『ホテルルワンダ』を観ているときに感じた。
暴動がおこる前にホテルを去るバス、乗っていたのは象徴的に白人だけ・・・
私たちは加担していないと思いたいけれど、無知だった私も「北」の傍観者だと思った。

しかし、この地球という宇宙の星に住む、愛も知性もある私たち人間が、
どうして戦争や争いを続けていくのだろう?
どうしてなくならない?

きっと、争いというのは、地球上で課せられたassignment、課題のなのだろうか、
と、Funky Masters と話していて感じた。
この地球に降りてきた魂たちは、「戦争」を通過しなくてはならないのかもしれない。
日本は戦地から比較的遠いところにあるけれど、
(家族や親友が今日も昨日も戦争で命をなくすという国ではないけれど)
戦争のある地球に住んでいることには変わりない。
そして、それから地球全体を救えるのは、それも積極的には、、、
しかないのだと感じる。

武力に武力で、パワーにパワーで対抗しても争いは終わらない。
まず自己の中に愛を見出し、自分と同じように他者を愛すことから始まる。
そして目の前のことに無心に取り組み、自分を癒し、世界を愛で包んでいく・・・



まだ続く・・・[ペン]



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