SSブログ

カルマを燃やす [カルマ]

ヒンズー経や仏教の思想では、カルマと輪廻転生は密接に関係している。
カルマというのは、今生に誕生した日からその人に与えられた宿題のようなもので、自分の知識が認知していなくとも、魂は、過去生からのカルマを引き継いで、今生の今を過ごしている。

カルマは「業」ともいわれ、悪いとか良いと判断するものではないと考えるが、
カルマは燃やせるものである、と言える。炎が物質を燃え尽くすように、カルマは燃え尽くされる。

ニューメキシコ州のワイルド・スピリット・ウルフ・サンクチュアリで行われたリトリートでも、毎日キャビン前で、火の儀式が行われた。火が誕生し、燃え盛り、灰となるまでの流れは、まるで人の一生のサイクルのようだ。

CIMG4393.JPG


では、現実社会ではカルマはどう存在しているのか?
例えばもし、あなたの日常に、同じような事象が形を変えて戻り続けているとしたら、そこに「嫌い」とか「嫌な」感情をくっつけないで一度向き合ってみるといいだろう。それがカルマかもしれないから。

「今の自分」が判断する上では、それに向き合うことは「嫌な、しんどい」ことかもしれず、問題が複雑で難題だと思えば思うほど、できればそれから目を背けたいと思うに違いない。
だけど、そこで向き合わないと、カルマは形を変えてあなたのもとに戻り続け、自分自身を一番つらい状況に押しやってしまう結果になるだろう。

あなたにとって、蓋をしてしまいたいような、向き合いたくない課題は何だろう?
特定の人に対するカルマ、
お金に対するカルマ、
権力に対するカルマ、
独立することへのカルマ、
暴力に対するカルマ、
依存することへのカルマ、
決められた日に対するカルマ、
衛生状態に関するカルマ、



数えだしたらきっとキリがない。

嫌な過去の思い出はわざわざ思い出す必要は全くないが、たった今、あなたに与えられているカルマに対して、「きっとそんなに困難な事じゃない」と信じて向き合うのがいいと思う。
言うのは簡単だよと言われるかもしれないけれど、この方法は効く。


例えば私は、お金のカルマが長らくあった。
このカルマには、幼少期の思い出や、自分がさらに招いた新たなトラブルなどと、放置すれば放置するほど、絡み合って自分を混乱させていた。確かに真正面から向き合うのは、心身ともに手応えのあるものだけれど、それに向き合えば、自分が自ら招く感情的な事柄から徐々に、確実に解放される。

と、考えると今生背負ったカルマは、一つ、二つとかぞえるようなものではなく、大きなこなすべき課題が積まれて差し出されているようなものかもしれない。カルマの一部分に向き合う事で、自然とそれにつながるカルマにも向かい始める。


そして、このカルマを燃やし始めてすぐ、次にやってきたのは、物質的な富を得て成功することや、プロフェッショナルに生きる事に対してのカルマ。しかも、これらの存在に気づいたのは、お金に対するカルマを燃やしてから。
「なぜ・どうして」このようなカルマが与えられたかを解き明かすために時間を費やすよりは、さっそくこのカルマを燃やす事に時間を割いた方がいいということにも気づいた。

カルマに対しては逃げないで向き合うことが大切だけれど、私にとって何よりも効果のある方法は、祈りだと思う。
自分の弱い部分が、そこから逃げませんように、このカルマを燃やせますようにと祈ること。

天はいつも私たちの声を聞いてくれている。
カルマを燃やすレールに自分を乗せれば、必ず私という一つの統合された生が、あるべき生を歩み始める。

心の平安、世界の平和は、ひとつのカルマの燃焼からはじまる・・・[かわいい]






nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。