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被害者意識ってなに? [被害者意識とは]

人生って本当に深い。簡単な人生はどこにも存在しない。誰もが、その人だけに与えられた経験を通して、学んでいくのが人生なのだと思います。なにが起こってもそれが人生。回り道も、ショートカットもありません。そういうことを日常的に感じるこの頃です。

忘れたい過去や、思い出すのもいやな過去を持っている方、もしかするといらっしゃるかもしれません。人生には回り道もショートカットもないのですが、過去を蓄積しすぎて未処理な状態が続くと、自分の進化を止めることがわかりました、経験上ですが。過去の感情は、今を生きる上では必要なものではありません。

私の場合は、両親の離婚で家族と離れたことで、心に空虚感が生まれました。こういう種類の「孤独」は、どこへ逃げよう(行こう)が、人に囲まれていようが、ずっと続きます。「孤独」は単に一人の状態ではなく、家族がいたとしても、または周囲に数百万もの人がいても、またその人たちがあなたを尊敬していたとしても、無意識でも(←これ重要です)自分が外との心のつながりを断っていれば、「孤独」なのです。(そういう孤独なリーダー、実は多いように思います。)

急激に孤独感を感じるのに加え、当時は、家を「奪われ」、お寺を「奪われ」、家族を「奪われ」、幸せを「奪われ」、信仰が「奪われ」、過去も未来も「奪われた」と、奪われ三昧の悲劇のヒロイン状態でした。この一連の経験が、自分自身を「犠牲者」にしてしまうのです。これが「被害者意識」と呼ばれるものです。

誰かが「私から奪った」・・・いえ、奪っていません。それは起こるべくして起こったのです。見える範囲でこの状況を自ら招いた可能性も、見えないカルマで招いたものかも含め、因果応報です。私が家族が「大好き」で執着しすぎたことで、そこから抜け出すことができなかっただけです。さまざまなことをあらゆる経験で学ぶのでしょうが、私も確実に学んでいきました。

その時、意思はありました。そして形のない未来。未来を描く気持ちが「希望」だと思うのですが、私にとっての希望は、将来を考え中学生として勉強することでした。人生が掛かっていると感じると人ってかなりのパワーを発揮するものです。私は「孤独」が育ててくれたパワー、行動力、共感する心に感謝しています。しかし、私はそこからもまたさらに「支援がない」壁を作りあげていきました。人は私を助けてくれない、私はひとりで「やらされる」という新たな「被害者意識」を築いたのです。被害者意識は態度、言語、姿勢、言動によりさらに被害者意識を引き寄せ、困ったことにどんどん大きくなります。(この無意識の壁は、次第に「腰痛」として表面化します。)

ところで先に言いますが、私は瞑想を行って被害者意識を手放しました。

過去の楽しくて幸せな記憶が鮮明に残っているのに、何らかの理由でそれが「奪われた」と感じているならば、それは習慣がつくった過去の記憶に ネガティブな感情がくっついたもの に囚われているからです。家族、恋人、仲間、学校・・・どんな経験も記憶+感情として蓄積されます。過去はもう存在しないのに、「記憶に感情がくっついた状態」で自分内部に記録されます。

過去の記憶+ネガティブな感情=幻想にとらわれることをやめ、心を開く準備をして、人と積極的にかかわることができさえすれば、幸せな時間はすぐに戻ってくるはずです。幸せは、目線を変えればそこらじゅうにあるのですから。ただ、見ないのは自分です。見る準備もない、幸せを得る勇気がない、相談する相手がいない、過去から抜け出す方法を知らない。いろいろな理由があって動けません。この状態を放置して被害者意識を飼い続けると、それが勝手に増殖を続けて、いつの間にか自分の進化を止めるのです。

よく考えてみると、「被害者になる」ことを選んでいるのは誰でもなく、自分です。誰かがあなたを「一人ぼっち」にする原因をつくったかもしれません。その方を責めたければ責めていいと思います。だけど、どうして自分が一人ぼっちになったのでしょう?きっと大切な何かに気づくためです。そして、責めた後にあなた自身がとれる行動は何でしょう?

それは、準備ができたときに、「被害者意識を積極的に手放す決意をする」ことです。


→長いので次に続きます

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